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【昭和の洋画ヒーロー20】「気のない」男、『ダーティハリー』。

072114-001_50b89a96ドン・シーゲル&クリント・イーストウッドの、『白い肌の異常な夜』と『ダーティハリー』が2本セットで好きだ。同じ年に撮られた、どちらが欠けてもダメな、相互補完的な要素をもつ作品だと思う。

 

『ダーティハリー』1作目の、ハリー最強な演出は現実離れしているのと同時に、70年代的な感情を排した冷酷なタッチの撮影は、雑多にこの時代の空気を切り取る。サンフランシスコという都市がもうひとつの主人公であるような、真っ青な空と、都会の夜と昼の変貌も魅力的だ。

 

冒頭の、猛烈な望遠レンズで、ビルの屋上プールで泳ぐ若い女性を捉えたショット。カメラはそのままグングン引いて、スコーピオン(アンディ・ロビンソン)のライフルを構える後ろ姿までをワンカットで捉える。彼は射殺に成功し、通報を受けた警察が現場に駆け付ける。

 

ハリー(クリント・イーストウッド)はタイトルクレジットの背景で、屋上の高さを目分量で計り、さっそくスコーピオンが射撃した現場を突き止める。早い。この無駄のなさがハリーの知性を際立たせて見せる。基本的に、ハリーは「古い時代の正義を貫く狂人」であるので、一線を越えた行動が目立つのだが、こういう推測が働くように、頭脳の明晰さも痺れる部分だ。

 

スコーピオンは実在の連続殺人鬼、“ゾディアック”にインスピレーションを受けたキャラクターである。彼はゾディアックも手紙魔だったように、警察に「次は黒人か司祭を殺す」と殺害予告を送ってくる。しかし、スコーピオンが連続殺人鬼になろうとも、街ではいまも解決しなければいけない犯罪が行われている。

 

ハリーは昼食を食べにバーガーショップに入るとき、対角の銀行前で、長時間停車しているらしい車が気にかかる。ハリーが店のオヤジに警察へ救援の電話を頼みながら、ホットドッグにかぶりついた瞬間、銀行の非常ベルが鳴る。これからランチだというのに……。仕方なく食べかけのホットドッグを残して、モグモグしながら銀行強盗の現場に向かうハリー。

 

バーガー店を出てすぐ始まる、ハリーと犯人たちの銃撃戦の間も、ハリーはホットドッグに大口で食らいついたので、ずっとモグモグしっぱなしだ。車で逃走しようとする犯人を撃ち、横転した車が花屋の屋台に突っ込むわ、水道管が破裂して垂直に水は噴き上がるわで、カオスとなる現場。しかしハリーはモグモグしながら、銀行の方へ道を渡っていく。カットは細かく割ってあるので、スクリプターが「次のショット、まだホットドッグ口に残ってます!」と言って、次のカットの撮影準備ができたとき、また改めてホットドッグを口に含んで撮影したんだなあ、と思う。こんなくだらないことでも、スクリプターの仕事や編集の仕組みが学べることに、映画ってどういう風に見ても楽しいと感銘をうける。そして有名な、ハリーが瀕死の犯人に言う「おおっと。考えはわかってるよ。俺がもう六発撃ったか、まだ五発か」の場面になる。

 

この時点でホットドッグはようやく飲み込まれていた。それまで咀嚼しながら、一連の銃撃戦をしたハリーは明らかに品行方正ではないし、非常事態の身構えた硬さがない。ハリーは脚を撃たれているが、女性の悲鳴をうけてズボンの血をちょっと気にするだけで、痛みはなさそうだ。銃撃の瞬間のみ、気合を集中するだけで、道路を悠々と渡っていく飄然とした様子は、怪物じみた「気のなさ」を感じてしまう。

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この映画でいいのは、やはり『白い肌の異常な夜』が侵食してきたような、変態的な部分だ。夜更けに犯人を追跡する、ハリーと相棒の新米チコ(レニ・サントーニ)。しかし犯人が逃げ込んだと思われるアパートの窓を覗くと、ちょうど帰宅したカップルがセックスを始めるところで、ハリーは追跡に戻らず出歯亀をし続ける。そしてアッと気が付くと、浮浪者たちに囲まれ「こいつは出歯亀だ!」とリンチを受ける。ハリーはチコに助けられるが、ほんとに出歯亀だからしょうがない。さらにもう一度、スコーピオンが司祭を狙うと予測し、犯人の動きを待っている間にも、双眼鏡で別の部屋の全裸になる女の様子を延々見続けるハリー。イーストウッドは自身の監督作『目撃』でも、拘束されて無理やり出歯亀させられるシーンまであるが、一体なんだろうか。演技していて、面白いのだろうか。

 

アンディ・ロビンソンももちろん、その後何を見ても(スコーピオンがねえ……)というイメージを残してしまったほど、ショットごとの表情が不吉で素晴らしい。スコーピオンは14歳の少女を誘拐し、身代金の支払い場所を次々と変えて、ハリーを振り回す。いよいよ落ち合ったところでスコーピオンはハリーを殺そうとし、逆にナイフで刺されるのだが、ここでの悲鳴のあげかたが、独特すぎて非常にインパクトがある。チャールズ・ロートン監督『狩人の夜』(55年)ではロバート・ミッチャムが、リリアン・ギッシュに撃たれたあと、驚愕の表情を浮かべてから、獣のように逃げていく。異様なリアクションでドキリとさせられる場面だが、このスコーピオンも、反応それ自体が恐怖をかき立てる異常さがある。

 

本作のクライマックスは、イーストウッドだからまかり通る場面であって、もうほかの監督や俳優がやっても、模倣と言われてしまうだろう。犯人を撃つという野蛮で爽快なシーン。『ダーティハリー』のそれは当然、人質という突破できないはずの概念を覆してしまうもので、「それが出来るなら何も悩むことはない」という演出だ。イーストウッドは自身の監督作『ブラッドワーク』でも、同じ演出を繰り返していた。その際は驚いた犯人から「おまえはバカか?!」と叫ばれる。だが普通なら不自然であっても、自分にだけは許された演出を、犯人の口を借りて批判しつつも、イーストウッドは堂々とやっていた。

 

そして最後に、気のなさの醍醐味のひとつである、ハリーの長めの髪。ハリーは身なりなど構わなさそうな男らしさなのに、髪型はリーゼント風に撫でつけられている。アクションシーンでは(ああ、髪のセットが崩れちゃう!)とハラハラしながら見るのが、なんだかエロティックで楽しい。

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イーストウッドはマッチョのイメージだが、ハリーと『白い肌の異常な夜』をセットで考えてしまうのは、『白い肌~』は女の欲望も描かれているためだ。『ダーティハリー』は粗野で、洗練された伊達男とは程遠いゆえに、ハリーには無頓着というセクシーさがある。しかし男性性をみずから意識し、利用して、女たちを操るという無頓着から一番遠い作品が『白い肌の異常な夜』だ。だから、この2作はぜひセットで見てほしいと思う。

 

『ダーティハリー』今後のオンエア@イマジカBS

2016年11月20日(日)21:00〜23:00

2016年12月1日(木)10:30〜12:30


ダーティハリー
Dirty Harry

1971年 アメリカ
監督:ドン・シーゲル
出演:クリント・イーストウッド、ハリー・ガーディノ、アンディ・ロビンソン、レニ・サントーニほか

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