NOW SHOWING ネットで観られる映画を語る...and MORE!

不屈の監督ジュールズ・ダッシン  ~『トプカピ』~

Poster_Topkapi犯罪小説や犯罪映画の中で「ケイパーもの」と呼ばれるサブ・ジャンルがある。銀行強盗や金庫破りを扱った作品から派生し、今では「高額金品の窃盗強奪を扱った犯罪もの」全般に広義されているが、厳守されるお約束は「犯罪者の視点を軸に描かれるストーリー」ということ。また「難攻不落」「緻密な実行計画」「チームプレイ」という設定も好んで盛り込まれる。そんなケイパーもの=ケイパー・ムービーの代表作というと、ジョン・ヒューストン監督作『アスファルト・ジャングル』(50)やスタンリー・キューブリック監督作『現金に体を張れ』(56)を挙げるシネフィルも多い。

 

8月の特集放送『華麗なる泥棒アクション7連発』は、『強盗するなら派手にいけ!!』のサブタイトルが目に沁み込む、ご機嫌なケイパー・ムービー集となっている。ラインナップはケイパー・ムービー新旧7作品。そして今回取り上げるのは、偉才ジュールズ・ダッシンが64年に放ったケイパー・ムービーの代名詞的傑作『トプカピ』である。

 

『トプカピ』とはトルコの王の名を冠せた、イスタンブールの王宮博物館の名前である(1459年建造/1924年博物館となる)。原作題名は「真昼の翳(かげ)」(原題:The Light of Day)だが、『トプカピ』と改題されている。トルコ語では「トプ」は砲弾、「カピ」は扉を意味する。歴代の王が城壁に囲まれた宮殿を『トプカピ』と呼んだのは、城門に砲弾が長く列をなして並べられていたからで、ダッシンは「エキゾチックで珍奇な雰囲気を伝えたい」という理由で改題したのだという(なお、実際にトルコに行かれた方はお気づきのとおり、宮殿の名前の本当の発音は「トプカプ」である。トルコ語のアルファベットの「I」には上に点の付く「i」と付かない「I」の2種類があり、前者は「イ」、後者は「ウ」と発音される。そして「トプカプ」に使われているのは後者の「I」なのだ)。

 

前述した原作は、エリック・アンブラーによる64年エドガー賞・長編賞受賞作(※1)。当時アンブラーと言えばイアン・フレミングと並ぶ冒険推理作家であったが、本作の草稿制作にも参加、『レッツ・ゴー物語』(61)『ジャングル・モーゼ』(65)のモンヤ・ダニシェフスキーが脚本を練り上げている。ダッシンも参加した執筆作業はフランス(製作国)では行われず、王宮博物館の内外装、エキゾチックな街並みの詳細や雰囲気を細密に描写するため、長期に渡ってイスタンブールで行われるという贅沢さであった。

 

(※1) 『華麗なる賭け』(68)のリメイク『トーマス・クラウン・アフェアー』(99)の続編企画は、「真昼の翳」を下敷きに草稿が書かれた。題名は『ザ・トプカピ・アフェアー』。監督ポール・ヴァーホーヴェン、主演ピアース・ブロスナンで企画されるが、製作中止となる。

 

物語は快活な美人盗賊リップの台詞で開幕。彼女が惹かれているのは、トプカピ王宮博物館に陳列されているサルタンの宝剣だ。その宝剣には巨大な4つのエメラルドがはめ込まれており、ガラスケースに収まった等身大の人形の胸に飾られている。博物館が閉館すると、館内は厳重警備体制に。容易に動かない重いガラスケースに加え、床面にわずかな重みがかかっただけで非常ベルが鳴り響く仕組みだ。リップは愛人で凄腕の泥棒ウォルターを口説き、宝剣強奪計画を立てることになる。

5023705

 

製作当初のキャスティングでは、『日曜はダメよ』(60)のメリナ・メルクーリ、『街の野獣』(50)のリチャード・ウィドマーク、『博士の異常な愛情』(64)のピーター・セラーズ、『市民ケーン』(41)のオーソン・ウェルズが名を連ねる豪華版となるはずであった。しかし撮影開始が半年以上遅れたこともあり、最終的にはメルクーリ、『ニュールンベルグ裁判』(61)のマクシミリアン・シェル、『スパルタカス』(60)のピーター・ユスティノフ(※2)、『アフリカの女王』(51)のロバート・モーレイという顔ぶれに変更となった。

 

(※2) ユスティノフは『スパルタカス』に続いて、アカデミー助演男優賞を受賞。役を譲ったセラーズは『ピンクの豹』(63)に出演するが、クルーゾー警部役はクランクイン直前までユスティノフが演る予定であった。

5023706

『トプカピ』はイスタンブールで大掛かりなロケーション撮影を敢行した作品であり、トルコ政府の全面協力のもと、トプカピ王宮博物館の内部、さらにはドーム上からの撮影が許された唯一の作品となった。また聖ソフィア回教寺院の尖塔群、ボスポラス海峡、トルコの国技ヤールギュレシ(オイルレスリング)が収められ、現在では当時の貴重な撮影記録にもなっている。このほか、北部ギリシャの港町カバラの風景、ブローニュの森と隣接した仏ブローニュ撮影所での撮影を含め、3ヶ月の撮影日数が費やされた。

 

撮影は『美女と野獣』(46)『ローマの休日』(53)のアンリ・アルカン。『トプカピ』はダッシン初のカラー映画となるが、大胆な色彩設計とダイナミックなライティングにアルカンの力量をみることができよう。ステンドグラスの反射光や屈折光を利用したライティングの妙は、エキゾチックなムードをさらなる高みへと押し上げている。

S853107_04

またさまざまなサイズのクレーン機器を使った長回しショットも必見である。たとえば実行メンバーによる作戦会議を撮った長回しクレーン・ショットは、実在のホテルの一室を使用して撮影された。中サイズの室内に俳優たちが揃い、クレーン・カメラは室外(屋外)に設置。俳優たちの動きを滑らかに追うカメラの妙は絶品であるが、それはクレーン・カメラを使用しているかどうかわからないほどの節度のある撮影となっている。

 

ミキス・テオドラキスと並んで近代ギリシャ音楽の礎を築いた、マノス・ハジダキスが音楽を担当。ダッシンとの初コンビ作『日曜はダメよ』は、アカデミー主題歌賞を獲得して初めて世界中でヒットしたギリシャ産のメロディとなったが、本作でも忘れ難いスコアを披露している。明るく躍動的でエキゾチックなタッチで開幕、多彩な手さばきによる陽気でカラフルなメロディを聴取されたい。

5017566 『トプカピ』に影響を受けたとされる映画は数多いが、今回の特集にラインナップされ居ている『スコア』(2001)もその一本。『めぐり逢えたら』(93)『デアデビル』(2003)の製作者でもあるゲイリー・フォスターによれば、脚本・原案のカリオ・セイラムや監督のフランク・オズは『トプカピ』に敬意を払いながら映画を製作していたと明言している。

 

「オリジナルの『スパイ大作戦』のパイロット版(66)は、実は前年に公開された『トプカピ』にインスパイアされていたんだ。『スパイ大作戦』を企画したプロデューサーのブルース(・ゲラー)や、TVシリーズに敬意を払う意味もあって、『ミッション:インポッシブル』(96)で『トプカピ』の名場面を引用することにしたんだ」(ブライアン・デ・パルマ)

 

『トプカピ』の最大の見せ場は宝剣強奪場面であるが、ブライアン・デ・パルマが『ミッション:インポッシブル』のCIA本部潜入場面でそっくり拝借していた。デ・パルマらしいコピー演出に、思わずニヤリとしてしまうシネフィルも多かったはずだ。もしも『トプカピ』を未見という方であるなら、じっくりと比較しながら楽しんで頂きたい。

 

「映画という芸術は、いろいろな人たちから独断的な規則を強要され、悩まされてきた。製作には関係のない人たち。金で買って職権を持っているだけの人たち。監督を雇って映画の作り方に口に出す経営者たち。すべきこと。すべきでないこと。彼らは沢山の規則を我々に強要する。しかし、一般的に規則とされているものから遠ざかれば遠ざかるほど、いいものが出来るんだ」(ダッシン)

 

こう語るダッシンは赤狩りによる迫害にも心を折らず、聖地ギリシャで才能を開花させ、欧州を代表する映像作家となった気骨の人として知られている。ダッシンは、1911年に米国コネチカット州で生を受けたロシア系ユダヤ人である。22歳で演劇探究のため渡欧。3年間の欧州生活を経て帰国後、ラジオ放送作家となり、29歳の時にRKOと契約して演出部に配属、映画界に第一歩を記した。

 

翌年、演出部の見習いスタッフとしてヒッチコック監督作『スミス夫妻』(41)に参加。現場で「無我夢中で絵コンテによる演出法を学んだ」というダッシンは、後年『男の争い』(55)においてその影響を色濃く反映させることになる。半年間の見習い期間を経たのち、MGMへ転社したダッシンはエドガー・アラン・ポーの「告げ口心臓」(原題:The Tell-Tale Heart)を脚色した同名短編映画で監督デビューを果たした。

 

同居する老人を殺害した男。犯行をうまく隠しおおせたと思った矢先、床板をとおして聴こえてくる心臓の音に狂乱、男は自ら死体の在りかを暴露してしまう。徹底した前衛演出で「告げ口心臓」を撮り上げたダッシンであったが、あまりに意味不明で難解な仕上がりであったためオクラ入りに(本人は解雇を言い渡される)。ところが運命とは面白いもので、スタジオ倉庫係が間違えてプリントを劇場に送ってしまい、「告げ口心臓」は一般の目に触れることになった。しかも「告げ口心臓」は予想外の好評を博し、いよいよダッシンは本格的に映画監督の道を歩むこととなる。

 

MGMでの監督作は7本(※3)。ところがホリデー・シーズンの期待作として企画された恋愛コメディ『イヴへの手紙』(45/原題:A Letter for Evie)で、MGMの意向に反して(スタア性の薄い)マーシャ・ハント、ジョン・キャロル、そしてまったく無名だったヒューム・クロームを重要な役にキャスティング。これがMGMの逆鱗に触れるが、ダッシンは一歩も引くことなく映画を完成させ、劇場公開を待たずにMGMを去ることになる。スタア・システムを押し通して映画を製作する、そんなハリウッドに嫌気がさしたからである。

 

(※3) この期間の日本公開作はチャールズ・ロートン、マーガレット・オブライエン共演のファンタジック・コメディ『幽霊は臆病者』(44)のみ。監督ノーマン・マクロードの途中降板後に演出を引き継いだもので、ダッシン自身は仕上がりを気に入っていない。

 

「監督が作る雰囲気、関係者の理解や人柄がとても重要なんだ。私にとってこれが映画製作の大原則となっている

 

MGM退社後のダッシンに声をかけたのは、ロバート・シオドマク監督作『殺人者』(46/※4)の手腕を高く評価されていた新進プロデューサー、マーク・ヘリンジャーである。名コラムニストとしても名高いヘリンジャーは、古きスタジオ・システムから脱却した新しいタイプのリアリズム映画製作を目指しており、意気投合したふたりはすぐさま『真昼の暴動』(47/日本公開は57年)の企画に着手することになる。

 

(※4) 原作はヘミングウェイの短編小説「殺し屋」。後にドン・シーゲルにより『殺人者たち』(64)としてリメイクされる。

 

46年に起きたアルカトラズ刑務所の暴動をモチーフにした『真昼の暴動』は、刑務所を舞台にした脱獄映画だ。刑務所を牛耳る看守長の横暴を許さぬ囚人たちが集団脱走を計画する物語で、スタジオ・システムの呪縛から解き放たれた一級品に仕上がっている。主演は『殺人者』で頭角を現し始めたバート・ランカスター。ダッシンが冷酷な看守長に推したのは、(MGM退社のきっかけを作ったとも言える)ヒューム・クロームであった。

 

過激なアクションや同性愛描写が検閲でカットされる憂き目にあった『真昼の暴動』であったが、ダッシンとヘリンジャーは休む間もなく『裸の町』(48)の製作に取り掛かる。スタジオを飛び出し、ニューヨークでオールロケーション撮影を敢行。殺人犯を追う市警刑事たちの行動を通して、大都会の鼓動を生き生きととらえ、セミ・ドキュメンタリー映画の頂点を示す傑作である。

 

物語はシンプル。ストレート。感傷を排した演出。ここに披露されるリアリズム描写は、後の映画に大きな影響を与えることとなる。ニューヨークをこよなく愛するニューヨーカーであったヘリンジャーは、街の風俗を徹底して自然にとらえることをダッシンに指示したという。ちなみに劇中のナレーションは、ヘリンジャー自らが担当した。

 

「スタジオの外には世界があり、本当の天気があり、現場に入った時に自分が中立の立場でいられる。そこで想像力を働かせ、大きな感情の最高の昂りを感じることが出来る。これが撮影における最高の瞬間だ」

 

ダッシンに言わせれば、『裸の町』が成功した大きな要因は撮影監督ウィリアム・H・ダニエルズ(※5)の力量にあるという。MGM専属であったダニエルズは卓越した華のある撮影術で名声を博し、長年グレタ・ガルボのカメラマンとして知られていた。またエリッヒ・フォン・シュトロハイム監督作『グリード』(27)や前述の『真昼の暴動』など、荒々しいリアリズム撮影術にも長けた才人であった。ダニエルズによれば、ダッシンは決して自分でカメラのファインダーを覗き込んだことはなく、事細かに描かれた絵コンテに沿って撮影が進められたのだという。

 

(※5) 『裸の町』でアカデミー撮影賞受賞。ノミネート作に『アンナ・クリスティ』(30)『熱いトタン屋根の猫』(58)『西部開拓史』(62)がある。

 

『裸の町』は赤狩り只中の47年秋に撮影を終了したが、同年12月、翌年1月の映画公開前にヘリンジャーが心臓発作で急逝 (享年44歳)。ダッシンは自分のよき理解者であり、創作の柱となる人物を失ってしまう。時を同じくして脚本を書いたアルバート・マルツが、「ハリウッド・テン」のひとりとして非米活動委員会から告発を受けるという悲劇が続いた。非米活動委員会の追及を恐れた配給のユニバーサルは、映画をオクラ入りすることを決定するも、ヘリンジャーとの契約(公開の保証)により3月公開に踏み切ることになる。

 

赤狩りによる迫害は、作家でもあったモルツの小説の映画化を企画していたダッシンにも及んだ。サスペンス映画『深夜復讐便』(49)の完成後、活動の場を英国に移したダッシンは、『荒野の決闘』(46)の製作・脚本で知られるサミュエル・G・エンゲルからのラブコールを受けて『街の野獣』(50)を撮り上げた。都会に巣食う様々な人間模様を軸に、一攫千金の夢を追う若者の野望と挫折を描いた、ジェラルド・カーシュによるベストセラー・ノワール小説の映画化。主演はリチャード・ウィドマーク。欧州で高い評価を得た秀作であり、ロバート・デ・ニーロ主演『ナイト・アンド・ザ・シティ』(92) はリメイク作となる。

 

翌51年。非米活動委員会の聴聞会で、共産党員としてその名を証言されたことを聞いたダッシンは、滞在中のフランスからの帰国を断念する。しかし赤狩りによる迫害は、執拗にダッシンを追いつめていく。欧州に活動の場を求めたダッシンであったが、ダッシン映画をアメリカで公開させないと米映画界が圧力をかけ、各国のプロデューサーは次々と彼との企画を中止したのである。

 

こうした非道な仕打ちに怒りのノロシを上げたのが、フランスの映画人や識者たちであった。彼らはマスコミを通じて掩護運動を繰り広げたのである。その結果、低予算ながら仏パテ社が出資。『街の野獣』から5年ぶりとなる新作『男の争い』(55)に着手することなった。

 

原作はオーギュスト・ル・ブルトンのベストセラー。5年の刑期を終えて出所したトニーを出迎えたジョニーは、昔の恩義を忘れず、トニーに一旗揚げさせようと宝石商に押し入る計画に誘う。彼らは精密を極めた業で宝石を手にするものの、横取りを企む者や警察の捜査によって窮地に追い込まれていく。男同士の友情、掟を描くことの多いフィルム・ノワールの原型になったとも称される犯罪映画であり、ダッシンはカンヌ国際映画祭・監督賞を獲得、みごと第一線に返り咲いたのである。

 

ドキュメンタリー・タッチで切り撮った宝石強奪場面、その心臓に汗をかく緊迫感は『トプカピ』(64)の宝剣強奪シーンに受け継がれており、語り口のトーンを見比べるのも一興であろう。『トプカピ』のヒロイン、メリナ・メルクーリとは『男の争い』公開の年にヴェネチア国際映画祭でめぐり合い、ふたりは恋に落ち、66年に正式に結婚した。

ダッシンとメルクーリは、『掟』(58)『日曜はダメよ』(60)『死んでもいい』(62)『トプカピ』『夏の夜の10時30分』(66)『夜明けの約束』(70)『女の叫び』(79)といった作品で名コンビぶりを披露。とりわけ『日曜はダメよ』ではダッシン自身がメルクーリの相手役で出演する熱の入れようだ。アメリカからやって来た古代ギリシャの研究家と、港町の陽気な売春婦の風変わりな恋を描き、映画も大ヒットを記録。主題歌も全世界のヒットチャートを賑わした。

 

「私が探しているのは性格がいい俳優なんかではなくて、今まで見たこともないようなことを提示してくれて、私自身を向上させてくれる人間だ」

 

ダッシンの作品を家庭で鑑賞するとなると、日本ではDVDに頼らざるを得ない。だからHD放送のラインナップにダッシン作品の名が上がると、無性に嬉しくなってしまうのだ。海外に目を向けるとダッシン作品のブルーレイは数多くリリースされており、しかも高品位な仕上がりとなっている。嬉しさ半分、悔しさ半分、といったところだろうか。

まず米クライテリオンからは『男の争い』『街の野獣』がリリース。いずれも老舗ならではの上質な出来映えだ。今回放送される『トプカピ』は米キーノ・ローバーから、そして『裸の町』『真昼の暴動』『深夜復讐便』は英国アロー・ビデオ(リージョンB仕様)からリリースされている。さらにダッシンが再びハリウッドで監督した、公民権運動を扱ったスリリングな『アップタイト』(68/原題Uptight)がオリーヴ・フィルムスからリリース済み。日本未公開の貴重な作品だけに、シネフィルならばお手元に置きたくなろう。いずれも、必見。必聴。


トプカピ
TOPKAPI

1964年 アメリカ
監督:ジュールズ・ダッシン
出演:メリナ・メルクーリ、ピーター・ユスチノフ

Comments

「Facebookのすべての投稿」にチェックを入れてコメントするとご自身のタイムラインに表示されます。
コメントを表示させたくない場合はチェックを外してコメントください。
TOPKAPI © 1964 METRO-GOLDWYN-MAYER STUDIOS INC.. All Rights Reserved.