ユーリー・ノルシュテイン

イントロダクションINTRODUCTION

監督生誕75周年を記念し、
代表作6本を2Kスキャンにて修復
驚きの画質・音質で蘇った作品を、
世界に先駆けて一挙初上映!

『霧の中のはりねずみ』イメージ

1941年9月15日、旧ソ連に生まれたロシア人アニメーター、ユーリー・ノルシュテイン。切り絵を用いた緻密な作風で知られ、文字通り“アート・アニメーションの神様”として、日本の宮崎駿・高畑勲監督をはじめ、世界中のアニメーターからリスペクトされる存在です。本特集上映ではノルシュテイン監督の生誕75周年を記念して、その代表的な監督作を世界初となるHD画質のデジタルリマスター(2K修復版)にて、12月より「ユーリー・ノルシュテイン監督特集上映 〜アニメーションの神様、その美しき世界〜」と題し、東京のシアター・イメージフォーラムほか全国の劇場で順次公開して参ります。

ノルシュテイン監督のソ連時代の6本の短編作品について、映画チャンネル イマジカBS・映画の20周年記念企画として、オリジナルネガから2Kスキャニングされたデータをロシアから取り寄せ、レストレーション(修復)、グレーディング(色調整)をおこない、2K修復版を制作いたしました。また音声も大元の磁気テープからデジタル化、日本の誇る音響エンジニア、オノ セイゲン氏が修復・マスタリングを担当。映像、音声共にかつてない美しさで、世界アニメーション史に輝く傑作群が甦りました。これまでノルシュテイン作品に触れたことのない方も、ぜひ、この機会にご高覧いただければ幸いです。

『アオサギとツル』『ケルジェネツの戦い』『キツネとウサギ』イメージ

ユーリー・ノルシュテイン監督YURIY NORSHTEYN

ユーリー・ノルシュテイン (1941〜)

ユーリー・ノルシュテイン監督イメージ

1941年9月15日、第二次大戦下、疎開先のロシア中西部ペンザ州ガラブニーシチェンスキー地区アンドレーフカ村生まれ、75歳。1943年にモスクワに戻り、父母兄と暮らす。母バーシャは就学前児童施設、託児所、保育園などで生涯働き、父ベルコは木材加工器械の整備工だった(ノルシュテインが14歳のときに他界)。兄ガーリクは音楽を学び、後にバイオリンの修復者になった。10年制義務教育(日本でいうと中学までの義務教育にあたる)を受け、画家を目指して美大を受験するも不合格となり、家具コンビナートで働く。

1959年に連邦動画撮影所(ソユーズムリトフィルム)の就職試験を受け採用される。1959年〜61年までアニメーターのためのコースで学び、61年から撮影所で映画制作に従事するようになる。ソユーズムリトフィルムではアニメーターとして、自身の監督作も含めて50本以上の作品に関わる。中には日本でも人気を集めた人形アニメ『ミトン』『ワニのゲーナとチェブラーシカ』(ロマン・カチャーノフ監督)などもある(ノルシュテインはワニのゲーナの操演を担当)。同撮影所では美術監督のフランチェスカ・ヤールブソワと知り合い結婚。2人の子供を授かる。

初期の監督作である1968年の『25日・最初の日』及び1971年の『ケルジェネツの戦い』では、1920年代の芸術作品やロシア・アバンギャルドの影響が濃い大人向けの作品を撮るが、1973年の『キツネとウサギ』、1974年の『アオサギとツル』、1975年の『霧の中のハリネズミ』では動物が主人公の子ども向けの作品を撮り、いずれも高い評価を得た。そして1979年の『話の話』では、ロサンゼルスにおいて行われた映画芸術アカデミーとハリウッドASIFAとが共催した国際アンケートで「あらゆる民族、あらゆる時代の最上のアニメーション」として認められるなど、その評価を不動のものとする。

1986年、撮影を続けていた『外套』(ゴーゴリ原作)の仕事を中止させられたため、1989年に同撮影所を辞職。1991年、ロラン・ヴィコフ財団の支援で自身のスタジオを持つ。後に財団から独立し、「ノルシュテイン・スタジオ・アルテ」を開設。4本のロシア砂糖のコマーシャルや国営テレビ1CHのイントロとエンディングのアニメーション「おやすみなさい、こどもたち」を制作。2003年には、松尾芭蕉の連句アニメーション『冬の日』で「狂句木枯の身は竹斎に似たる哉」の句を担当し制作した。

監督として、これまでに国内外で30以上の映画賞などを受賞。1989年に映画芸術への実作者としての貢献に対してタルコフスキー賞、青少年のためのアニメーションの芸術発展への寄与にたいして国際ジャーナリスト連盟がメダルを授与、1991年にフランスの芸術文学勲章、1995年に文学および芸術上の高度な業績にたいしてロシア「凱旋賞(トライアンフ賞)」を授与された。

2003年には三鷹の森ジブリ美術館で企画展示「ユーリー・ノルシュテイン展」が開催。2004年には日本国政府から旭日小授賞勲章を授与される。また、2010年には神奈川県立近代美術館 葉山にて、「話の話 ロシア・アニメーションの巨匠 ノルシュテインとヤールブソワ」が開催されその創作の過程が紹介された。

1981年以来、従来のアニメの常識を覆した『外套』を制作しているが、様々な理由で未だに完成していない。

フィルモグラフィ

1968
『25日・最初の日』
1971
『ケルジェネツの戦い』
1973
『キツネとウサギ』
1974
『アオサギとツル』
1975
『霧の中のハリネズミ』
1979
『話の話』
1981〜
『外套』※未完成・撮影中
1995
「ロシア砂糖」CM
1999
「おやすみなさい、こどもたち」 TV用
2003
『冬の日』
※参考
  • 「ユーリー・ノルシュテインの仕事」(2003年/ふゅーじょんぷろだくと)
  • 「アニメの詩人ノルシュテイン 音・響き・ことば」(2006年/児島宏子/東洋書店)
  • ノルシュテイン監督公式サイト http://norshteyn.ru/

上映作品FILMS

『25日・最初の日』

ロシア・アヴァンギャルドアートに着想を得て、
ロシア革命を鮮烈に描いた記念すべき監督デビュー作

ノルシュテインの記念すべきデビュー作。しかし単独監督ではなく、美術監督のアルカージィ・チューリンとの共作である。「25日」とは、ロシア旧暦で1917年10月のロシア革命最初の日にあたる日。たなびく赤旗に浮かび上がる文字は「すべての権力をソビエトへ!」静かな広場に民衆の怒りが打ち寄せ、資本家・貴族・ブルジョア・聖職者・憲兵らの支配者階級が打ち倒される様子が描かれる。

「1920年代の芸術(ロシア・アヴァンギャルドアート)を基盤に映画を作ろう」というチューリンとの企みの通り、都市のデザインはジョルジュ・ブラック(1882-1963)、漫画は詩人ウラジミール・マヤコフスキー(1893-1930)をモチーフに、音楽はショスタコーヴィッチの交響曲11番と12番を使用した。芸術官僚らの指令で、自分たちのアイディアをすべて実現することができなかったと、後にノルシュテインが述懐したものの、熱き時代のアーティストたちを使い、革命を回想し、戦った人々の想いを再現しようとした意欲的な監督デビュー作である。

(1968年/10分/監督・アニメーション・脚本・美術:Y.ノルシュテイン、A.チューリン 撮影:V.スルハーノフ 音楽:D.ショスタコーヴィッチ)

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『ケルジェネツの戦い』

ロシア聖像画(フレスコ美術・細密画)の手法を使い、カラー・ワイドサイズで制作
鮮烈な色彩で戦争を描いた圧巻の第二作

ロシアの著名な作曲家リムスキー・コルサコフの同名の間奏曲「ケルジェネツの戦い」を使った監督第二作。イワン・イワノフ・ワノーとの共同監督作品で、コルサコフの晩年のオペラ「見えざる町キーテジと乙女フェヴローニャの物語」に魅了されたワノーが、同時期に鑑賞していた『25日・最初の日』の鮮烈な手法を取り入れようと、ノルシュテインを共同監督に招いて制作した。

「ケルジェネツ」は河の名前で、実際にこの河のほとりで行われた西暦988年のロシアとタタールの戦争が描かれ、それに巻き込まれる村が舞台となる。当初、人形アニメでの制作を提案したワノーに対し、切り絵の手法を主張したのがノルシュテイン。後に「この作品で特に重要だったのは平面で空間を作り上げたこと。『外套』の制作にもそれが生きている」と話した。

(1971年/10分/監督・脚本:I.イワノフ=ワノー 監督・アニメーション:Y.ノルシュテイン/美術・演出:M.ソコローヴァ、V.ナウーモフ/撮影:V.スルハーノフ/音楽N.A.リムスキー・コルサコフ★1972年ザグレブ国際映画祭最優秀賞・特別審査員賞受賞)

『ケルジェネツの戦い』イメージ1 『ケルジェネツの戦い』イメージ2 『ケルジェネツの戦い』イメージ3

『キツネとウサギ』

初めて動物キャラクターが登場する作品であり、初の子ども向け作品、初の単独監督作品。
とぼけたユーモアと民衆美術を取り入れたセンスが素晴らしい
ロシア版「まんが日本昔ばなし」

監督3本目にして初の単独演出作品。なかなかスタジオから仕事がもらえなかったノルシュテインが、首脳部ウケのよい「子どものための作品」としてロシア民話の「キツネとウサギ」を提案して制作。原案はウラジーミル・ダーリ(1801-1872)の民話で、ウサギがキツネに家を乗っ取られてしまい、オオカミ・クマ・ウシなど強そうな動物がキツネを追い出そうと手伝ってくれるのだが、全く上手くいかない。しかし、雄鶏が意外な活躍を見せて家を取り戻すというお話。

単なる原作のアニメ化にはしたくなかったノルシュテインは、妻で美術監督のヤールブソワとともに、民衆美術を参考にキャラクターデザインを考えたという。日本でも人気のマトリョーシカなどのロシア雑貨に見られるような、鮮やかな色彩をもち素朴ながらも高度に様式化された「ガラジェッツ絵画」のデザインを全面的に取り入れた。本作はまた、イタリアが資金を出し同国で整音もされている。

(1973年/10分/監督・アニメーション:Y.ノルシュテイン 美術:F.ヤールブソワ 撮影:T.ブニモーヴィッチ 音楽:M.メェローヴィッチ 編集:N.アブラーモワ 語り:V.ホフリャコフ 1974年ザグレブ国際映画祭 児童映画最優秀賞)

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『アオサギとツル』

ロマンチックな幻想と幻滅とがせめぎあう悲喜劇
日本の浮世絵・水墨画を参考に、初めて複数の背景を重ねる手法で制作された作品
「私の作品の中でとっても軽く、楽しく、心地良くできた作品」(ノルシュテイン)

原案は前作に続きウラジーミル・ダーリの民話に基づく。シナリオは当初『チェブラーシカ』のロマン・カチャーノフ監督に依頼していたが、望むものとは違ったためノルシュテインが全面的に改稿した。

お互いに気になる存在のツルとアオサギが結婚の申し込みをし合う。申し込まれた方は、なぜか傲慢な気分、あるいは天邪鬼になり、断っては後悔してという繰り返しを続け、笑えるようでいて哀しくもあるような特別な世界が繰り広げられる。

ノルシュテイン本人が満足した出来栄えという作品だけあって、様々な新しい試みが軽やかに成功している。生涯で最も相性のよかった撮影監督アレクサンドル・ジュコフスキーとの邂逅により、お互いに好きな北斎や広重の版画や水墨画に着想を得た草むらや雨を幻想的に描写。『霧の中のハリネズミ』と一部『外套』でもタッグを組み、廃墟となった貴族屋敷を舞台空間として選ぶセンスなど、切り絵アニメでこれほどの内面心理が表現できるのかと観る者を驚かせる。

(1974年/10分/監督・アニメーション:Y.ノルシュテイン 脚本:R.カチャーノフ、Y.ノルシュテイン 美術:F.ヤールブソワ 撮影:A.ジュコーフスキー 作曲:M.メェローヴィッチ 編集:N.アブラーモワ ★1975年アヌシー国際映画祭審査員特別賞受賞)

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『霧の中のハリネズミ』

『霧の中のハリネズミ』イメージ

世界で最も愛されたノルシュテインの入門編的な代表作
キャラクターの動き、音楽、セリフ、効果音が完璧に調和
「ただただ素晴らしい10分間と余韻を味わう」(高畑勲)

夕暮れの野原をハリネズミのヨージックが急ぎ足で歩いている。友だちの子グマの家でお茶を飲みながら星を数えるために。いつしか周囲には夕霧が立ちのぼり、ヨージックはそこで様々な体験をする…

原案はセルゲイ・コズロフの児童文学だが、ノルシュテインはそこに「霧から出た後にハリネズミの人生観が変わる」という独自のアイディアを付け加えた。「なんの罪もない存在がまったく見ず知らずの状況に陥る。そしてこのナイーブな存在は突然人生にはまだまだ知らないことがある、神秘に満ちたものがある、その中にはドラマがあるのだということを感じ取っていくのでです」このプロットにヤールブソワと苦心の末に生み出したハリネズミの造形がぴったりと寄り添い、魔法のようなノルシュテインの演出で、観客は五里霧中を進むハリネズミの心情に同化してしまう。ハリネズミ以外にも、子グマ、ミミズク、白い馬、蛾の群れ、ホタル、犬、魚と、多様なキャラクターが登場し、子どもたちにも人気を博した。

本作のためにノルシュテインは撮影のジュコーフスキーとともに大型の新しい撮影台を制作。そのマルチプレーンと呼ばれる多層のガラス面に切り絵を配置する手法によって創り出される、彼独自の深い映像空間がひとつの完成形をみた作品としても重要な1作。

(1975年/10分/監督・アニメーション:Y.ノルシュテイン 脚本:S.コーズロフ 美術:F.ヤールブソワ 撮影:A.ジュコーフスキー 作曲:M.メェローヴィッチ 編集:N.アブラーモワ 声優:A.バターロフ〈語り〉、 M.ビノグラードワ〈ハリネズミ〉、V.ネビンヌイ〈小熊〉)★1976年全ソ連映画祭 最優秀賞受賞、1977年テヘラン国際青少年映画祭 最優秀賞と金の大メダル、1977年ロンドン・フェスティバル年間最優秀映画賞、1978年シドニー国際映画祭 銀のブーメラン賞

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『話の話』

『話の話』イメージ

世界アニメーション史上の名作と名高い最高傑作
ノルシュテイン自身の自伝的な記憶が色濃く反映され、それゆえ素晴らしく詩的で、
忘れがたい印象を残す

ノルシュテイン自身が「もっとも心情に沿った内容で、私の友達に語った、手紙に綴るような作品」と話しているとおり、自伝的な要素を多く含む作品。トルコの詩人ナジム・ヒクメットの同名の詩をもとに、ロシア子守唄に登場する狼の子を狂言回しに、自身の記憶を色濃く反映した映像叙情詩となっている。ストーリーらしきものはあるようでなく、様々な日常の断片が、時にユーモアのある、時に悪夢的なイメージとして観客に強いイメージをもたらす。

観客それぞれに解釈を委ねるタイプの作品ではあるが、1941年に生まれたノルシュテインにとって、戦争の記憶はくっきりと残っている。同年6月にソ連がドイツと開戦したため、戦火の中で生まれたノルシュテイン。実際に自分が生まれ育った木造アパートを登場させているが、そこに住んでいた20家族のうち、少なくとも8人は戦死したという。戦争によって人々の日常生活は大きく揺さぶられ、アパートの中庭では戦勝記念パーティが開かれたり、戦死通知を受け取る夫人たちの様子が描かれもする。よって、本作自体を失われた時代を思い返す墓碑のようなものとして捉えることもできるかもしれない。また、各映画祭などではその完成度と芸術性の高さがこれまでにないほど評価され、キャリア中最大の記念碑となった作品でもある。なお、「永遠」のシーンにはバッハの「平均律クラヴィア曲集」の前奏曲とフーガ八番、「冬」のシーンにはモーツァルトの「ハープシコード協奏曲」が使われている。

(1979年/29分/監督・アニメーション:Y.ノルシュテイン 脚本:L.ペトルシェフスカヤ、Y.ノルシュテイン 美術:F.ヤールブソワ 撮影:I.スキダン=ボーシン 音楽:M.メェローヴィッチ、W.A.モーツァルト、J.S.バッハ 編集:N.アブラーモワ 声優:A.カリャーギン〈狼〉★1980年ザグレブ国際映画祭最優秀賞受賞、1980年オタワ国際映画祭最優秀賞、 第二回モスクワ国際青少年映画祭 最優秀アニメーション賞・観客審査員賞受賞、1984年映画芸術アカデミーとASIFAが共催した国際アンケートで「歴史上、世界最高のアニメーション映画」として認定。

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コメントCOMMENTS

− デジタルリマスター版を体験して −

「虚構性が露わになればなるほど、
より迫力を増して迫ってくるノルシュテイン作品の不思議な魅力」

土居伸彰(アニメーション研究・評論/ニューディアー)

『話の話』イメージ

今まで見知っていたように、温かい。でも、それと同時に、冷たいし、儚いし、脆い。今回初めてデジタルリマスター化されたユーリー・ノルシュテインの作品を観て感じられるのは、そんなふうに絡み合った感情だ。

その繊細な複雑さが、細かいパーツに分かれた切り絵を用いるノルシュテインの制作手法に多くを拠っているのは間違いない。気の遠くなるようなアニメーションの作業は、細かなパーツの組み合わせであるに過ぎないはずのキャラクターたちを、あたかも本当に生きているかのように見せる。

だが、今回のデジタルリマスター版で驚くべきは、彼らをつくり上げる「部品」——切り絵の素材となる透明なセルロイド版のフチや筆の跡といったもの——が、とても細かなところまではっきりと見えてしまうことだ。動く彼らが「つくりもの」であるということが、嫌でも認識されてしまうのだ。

それはまるで、演劇において舞台装置の骨組みがむき出しになり、黒子の存在が目に入ってくるかのように、作られたものの人工性をあらわにする。だが、面白いのは、それによって、ノルシュテインの作り出す世界の迫真性やアクチュアリティが失われることなく、むしろ以前よりも増すことである。

このような事態は、ノルシュテインの作品を、彼のアニメーション観により寄り添ったものとする。彼は、アニメーションは映画よりも演劇や文学に近いと考える。これらの芸術は、書割の舞台や文字列など、作品が作り上げる素材がむき出しになっている。しかし、受容者はそのことを気にすることなく、作品の世界に入り込む。ノルシュテインにとって、アニメーションも同じである。動くはずのないものに動きを見出し、生命なきものにその息吹を感じ取り、キャラクターたちの存在の息遣いを聴き取らせるアニメーションは、それらの芸術と同様、存在するはずのない世界を約束事のなかで作り上げ、感じとらせる。

虚構性をあらわにする「つくりもの」の世界には利点がある。表層的な類似に囚われることのないがゆえに、描きたいものを、その深みのなかで、本質までえぐる形で描き出すができる。ノルシュテインはそれを、「メタファー」の力と言っている。

「つくりもの」であることを露わにする今回のデジタルリマスターは、ノルシュテインのアニメーションそのものをひとつの「メタファー」とするように思えてならない。細部まで神経をめぐらせたこの繊細な人工物の世界は、空想的な世界を作り上げるというよりは、私たち人間の世界のことを語ろうとしているようにみえてくるのだ。私たちの生きる世界は、ノルシュテインのアニメーションのように、繊細に組み上げられた「つくりもの」なのだということを伝える気がしてくる。

代表作である『話の話』がその例証になる。戦後のモスクワを舞台にしたこの作品は、いま私たちが享受している平和な世界が、繊細なバランスのうえに成り立つことを描く。戦争が日常を破壊した歴史があり、それが終わっても、来るべき戦争が予兆として響く。オオカミの子の些細な仕草が感動的だが、それもまた、ちょっとした日常生活のディテールが成立することがまったくもって当たり前ではなく、少しの衝撃で「つくりもの」のように崩れ去る儚いものであるという認識あってこそだということが分かる。ノルシュテインは、きわめて日常的な仕草に満ちた世界を、多数の切り絵を同時に動かす気の遠くなる作業によって丁寧に作り上げていくことでこしらえる。今回のデジタルリマスター版でよりはっきりと意識されるこの事実は、観客に、私たちの生きる一瞬一瞬が、途方も無く貴重なものであることを悟らせる。まさに「メタファー」となって、突き刺さってくるのである。

今回のデジタルリマスターは、ノルシュテインの作品世界の繊細さを、肌理のレベルまで感じることを許す。その作品に触れることは、私たち自身の世界を成り立たせる細やかさを理解するということなのかもしれない。私たちがそこで耳を澄ませれば、ちっぽけな存在の息遣いがとても近くに聴こえてくるようになるだろう。そこで目を凝らせば、(『霧の中のハリネズミ』のように)小さな世界の向こうに広がる「遠く」が見えてくるようになるだろう。私たちは、ノルシュテイン作品を通じて、自分たちが生きているこの「つくりもの」の現実を、細やかに、鮮やかに、より深く、広く、理解していくための瞳と耳を得る。

土居伸彰(アニメーション研究・評論/ニューディアー)

1981年東京生まれ。世界のアニメーション作品を紹介する株式会社ニューディアー代表として、新千歳空港国際アニメーション映画祭フェスティバル・ディレクターや劇場配給の仕事を行う。『話の話』を中心に現代アニメーションの原理について論じた博士論文が『個人的なハーモニー 現代アニメーション論(仮)』としてフィルムアート社より近刊予定。

− 気鋭のクリエイターたちは修復された作品をどう見る?? −

修復されたノルシュテイン作品を、3人のクリエイターにご覧いただきました。
日本のアニメーション界の第一線で活躍するプロフェッショナルたちは よみがえった作品を鑑賞して、
どのように感じたのでしょうか。

ノルシュテインの作品をはじめて見たのはいつだろう。フィルム上映だったのか、あるいはDVD…いや、そんなものはまだなかった頃に自宅のビデオで見たのか…記憶は定かではない。ただ、圧倒的なその映像の美しさの前に途方に暮れ立ちすくんでいたことは覚えている。けれど、どこにいけばよいかわからないということは、どこにでもいける自由があるということで、不思議な解放感もまたそこにはあった。そして、こちらをじっと見つめていたオオカミの子の悲しげな眼差しが心のどこか奥の方に小さなトゲのように刺さっていつまでも抜けなかった。

今回、ノルシュテイン作品の2K修復したものを見る機会をいただき、またあの悲しげな眼差しに再会することができた。ノイジィなものが取り払われたその映像は、クリアーで奥行があり、とてつもなく途方に暮れさせてくれるものだった。ただ、もう最初に見た時のようなとまどいはなく、その映像に身をゆだね、雪の街を…霧の森を…戦場を…まるで糸の切れた凧のように自由にさまよい酔いしれる自分がいた。

そして、緑のリンゴの宝石のような輝きが夢のかけらのように心の奥にしまわれたのだった。

湯山邦彦さん(アニメーション監督)

1952年生まれ 。TV シリーズ「銀河鉄道999」で演出家デビュー。1982年から総監督を務めた「魔法のプリンセス ミンキーモモ」で一躍有名に。「ポケットモンスター」シリーズの、映画では監督、TVシリーズでは総監督を務める。今年、3DCGアニメ、映画「ルドルフとイッパイアッテナ」を榊原幹典と共同監督。

ノルシュテイン監督の作品は、過去にフィルム上映やDVDで見ていました。それらはやはりゴミや傷のある状態でしたから、今回の修復番は綺麗すぎるくらいに綺麗なことに初めは違和感があり、とても驚きました。また、フィルム撮影特有の揺れも取れ、使われた紙や画材の表面の質感がはっきりと細かく見えるようになって、描かれた絵がまるで“そこにある”ような感覚で見られるのが新鮮でした。

特に好きなのは「霧の中のハリネズミ」ですね。10分という短い時間の中にハリネズミくんの不安や恍惚が細やかな動きで表現されていて、ハリネズミくんと一緒に霧の中を歩いているような気持ちになれる。魅力的な作品です。

加藤久仁生さん(アニメーション作家)

1977年、鹿児島生まれ。2001年、多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒業。ロボットに所属し、アニメーションや絵本などを制作している。主な作品に「或る旅人の日記」「つみきのいえ」「情景」「あとがき」など。

フィルムの映像が綺麗になると聞き、フィルムの暗さや甘いピントという良さが薄れるのではと心配でしたが、色やフィルムの良さはそのままで映像が美しくなっていたので驚きました。

今回見た中では『ケルジェネツの戦い』が一番印象的でした。画面が綺麗になったことにより、フレスコ画のテクスチャーがより鮮明に見え、今までDVDで見ていてあまり大きな絵のサイズではないと認識していたのが、本当にフレスコ画の壁に大きな切り絵を置いて創ったのかもしれないと思うようになりました。作品に対する認識が変わるということはなかなかないと思いますが、今回絵が美しく生まれ変わったことによって起こった、うれしい出来事でした。

牧野惇さん(ディレクター/アニメーション)

1982年生まれ。映像作家、ディレクター。チェコの美術大学を経て、東京藝術大学大学院映像研究科アニメーション専攻修了。ドローイングアニメーションからパペット、ロトスコープなど多様な技法を採用し、媒体を問わず活動中。福井県出身であり、福井ブランド大使を務める。

動画TRAILER

− 予告編 −

上映劇場THEATER

都市 映画館名 電話番号 公開日
東京 シアター・
イメージフォーラム
03-5766-0114 2016年
12月10月(土)
横浜 シネマジャック&ベティ 045-243-9800 2017年
1月28日(土)~
2月10日(金)
札幌 シアターキノ 011-231-9355 2017年
2月25日(土)
名古屋 名古屋シネマテーク 052-733-3959 2017年
1月2日(月)
松本 松本シネマセレクト 0263-98-4928 2017年
1月15日(日),
3月26日(日)
大阪 シネ・リーブル梅田 06-6440-5930 2016年
12月31日(土)〜
2017年1月20日(金)
神戸 元町映画館 078-366-2636 2017年
2月11日(土)~
24日(金)
京都 京都シネマ 075-353-4723 2017年
1月14日(土)
金沢 シネモンド 076-220-5007 近日公開
山口 山口情報芸術センター 083-901-2222 2017年
3月25,26日
及び4月1,2日
福岡 KBCシネマ 092-751-4268 近日公開
大分 シネマ5 097-536-4512 上映終了