86歳、現役。史上最大のイーストウッド特集 6月2日(木)より 52週連続、52作品。 86歳、現役。史上最大のイーストウッド特集 6月2日(木)より 52週連続、52作品。

クリント・イーストウッドの映画人生をたどる

1959年、テレビ西部劇『ローハイド』で名を知られ、1964年、イタリアへ渡り『荒野の用心棒』に出演。
ー友人たちには「茨の道(マル・パソ)」だと言われた。
1968年、映画製作会社マルパソ・カンパニーを設立し、1971年、『恐怖のメロディ』で初監督を果たす。
それから45年に渡り、映画俳優、映画監督、映画プロデューサー、作曲家として映画界の一線を走り続け、主演又は監督として携わった劇映画は58作におよぶ。そして現在、59作目となる映画『ハドソン川の奇跡』の公開を9月に控えている。

今回イマジカBSでは、稀代の映画人クリント・イーストウッドの映画人生をたどるべく、彼が主演又は監督として携わった52作品を52週連続で特集放送する。フィルモグラフィーをほとんど網羅するテレビ放送史上最大規模(※)のイーストウッド特集だ。命がけで映画に力を注いできたイーストウッドの作品だけに、その全てに強烈な個性が漂っている。それでいて、常に変わることを恐れず、野心的に新しいテーマを取り上げる創造性にも気づかされる。

86歳、現役。その映画人生は、いまだ途上だ。
これからのイーストウッドを楽しむためにも、これまでのイーストウッドをとことん味わい尽くしていただきたい。

※2016年4月現在、当社調べ。

クリント・イーストウッド

1月の放送作品

1/5(木)21:00『硫黄島からの手紙』

戦争を舞台に描かれる「人間」ドラマ

硫黄島の物語は日米双方の視線から語られる必要があると考えたイーストウッドは、日本側からの視点を「父親たちの星条旗」に盛り込むことや、ほかの監督に作らせた日本側視点の作品を、「父親たちの星条旗」DVD発売時の特典映像にすることを考えていた。相談を受けた「父親たちの星条旗」の脚本家ポール・ハギスは、自分には日本人の心情が理解できないと執筆を辞退し、代わりに日系人のアイリス・ヤマシタを推薦。ヤマシタの書いた脚本の見事さに驚いたイーストウッドは、自ら監督することを決意し、「父親たちの星条旗」と同時に撮影を進め、どちらの作品もスケジュール通りに完成させた。

完成した二本の作品を観たワーナーの重役たちは、当初の予定を変更して「父親たちの星条旗」ではなく「硫黄島からの手紙」の方を賞レースに向けて後押しすることを決め、結果として「硫黄島からの手紙」はアカデミー賞の歴史でも珍しい、最優秀作品賞にノミネートされた九本の外国語映画のうちの一本となった。ゴールデングローブ賞では、最優秀外国語映画賞を受賞している。

地下トンネルの中で日本人兵士たちが手榴弾を使い、次々と自決していく場面を撮影する際に、イーストウッドは監督として、日本兵たちの心理を理解することができなかった。結局、無理に理解しようとしたり解釈するのではなく、ありのままに淡々と演出することを選択した。それが戦慄すべき効果を生んでいるのである。

栗林中将を演じた渡辺謙は、中将が硫黄島から日本の家族に送り続けた手紙を熟読し、栗林の故郷を訪問し墓参りするなどして、役作りの準備をした。その成果は画面の中に結実している。

「硫黄島からの手紙」は、「父親たちの星条旗」と共に鑑賞されるべき作品であり、繰り返し鑑賞するに値する戦争映画、人間ドラマの傑作なのである。

硫黄島からの手紙

2006年 アメリカ

監督:クリント・イーストウッド

出演:渡辺謙/
二宮和也

1/12(木)21:00『ハートブレイク・リッジ/勝利の戦場』

アメリカの軍隊を真正面から描いた娯楽作

兵役につき、訓練を受けていたイーストウッドだったが、間一髪のところで朝鮮戦争に行かずにすんだ。イーストウッドは、このことを「幸運だった」と語っている。

戦争を皮肉な目で見つめたり、あるいは戦争の愚かさを真正面から糾弾することの少なくないイーストウッドの作品歴の中で、「ハートブレイク・リッジ/勝利の戦場」は珍しく愛国的かつ好戦的な作品に思われるかもしれない。しかし、じっくりと鑑賞してみれば、無能な上官が威張り散らす軍隊組織の愚かさを笑い飛ばす作品でもある。実際、イーストウッドが演じる主人公は最初、陸軍軍人の設定だったのだが、シナリオを読んだ合衆国陸軍は映画への協力を拒否。主人公を海軍軍人に書き換えて、海軍の全面協力により撮影が進められたが、完成作を観た海軍担当者は、「実際に海軍で許されていない汚い言葉が数多く出てくる」との理由で、クレジットから「国防省協力」の文字を外すように要求した。

クライマックスのグラナダ侵攻で、クレジット・カードで料金を払い長距離電話で援軍を要請する場面や、ブルドーザーで突撃を敢行する場面はユーモラスなものだが、どちらも実際の戦場でのエピソードを取り入れたものである。

軍隊内のドラマと共に「ハートブレイク・リッジ」のもう一つの要となっているのは、主人公ハイウェイ軍曹と妻であるアギーとの関係だ。アギーを演じたマーシャ・メイソンは「シティ・ヒート」でもイーストウッドの相手役を演じることになっていたが、監督と意見が合わず降板。イーストウッドは、この作品で、ようやくメイソンとの共演を果たした。

イーストウッド作品の撮影を長年担当していたブルース・サーティーズが他界したため、撮影助手だったジャック・N・グリーンが初めて撮影監督に昇格し、この後はイーストウッドの右腕となっていく。

ハートブレイク・リッジ/勝利の戦場

1986年 アメリカ

監督:クリント・イーストウッド

出演:クリント・イーストウッド/
マーシャ・メイソン

1/19(木)21:00『ピンク・キャデラック』

まさにアメリカン・ドリーム

イーストウッド自身も含む、関係者の予想していなかったほどの大ヒットとなった「ダーティファイター」と、その続編「燃えよ鉄拳」の成功を再現すべく、会社側がイーストウッドに持ち込んだアクション・コメディの企画が「ピンク・キャデラック」である。

公私にわたりパートナーであったソンドラ・ロックとの関係が終わりに近づいていたため、この作品ではブロードウェイのスターだったバーナデット・ピータースがヒロインを演じている。マッチョの権化のようなイメージを持つイーストウッドだが、「真昼の死闘」、「ダーティハリー3」、「ダーティファイター」など、強く逞しい女性に翻弄される役を演じると、コミカルな味が出てくる。「ピンク・キャデラック」でスキップトレーサーに扮したイーストウッドも、実に楽しげに、次々と異なる変装を披露してくれる。

ピンク色のキャデラックはエルヴィス・プレスリーが好み、何台も所有していた車で、エルヴィスの、そしてアメリカン・ドリームの象徴とされる車だ。そんなゴージャスな車に(赤ん坊付きだけど)金髪美女と大金が乗っているとなれば、命がけで追いかける価値も、守る価値もあるというもの。劇中、主人公のトムから「ピンクのキャデラックに乗ったブロンドを見なかったかい?」と尋ねられたガソリンスタンドの兄ちゃんが「夢の中でだけな」と答えるが、そう、ピンクのキャデラック+金髪美女+札束は、まさにアメリカン・ドリームの塊なのである。

ところで、この兄ちゃん役でカメオ出演しているのが、映画「ロビン・フッド」の主題歌などで知られるカナダ出身の大物ロック・シンガー、ブライアン・アダムスである。

ピンクのキャデラックと言えばエルヴィスということで、「ダーティハリー5」でイーストウッドに気に入られたジム・キャリーが、ちらりと登場し、エルヴィスの物まねを披露しております。

ピンク・キャデラック

1989年 アメリカ

監督:バディ・ヴァン・ホーン

出演:クリント・イーストウッド/
バーナデット・ピータース

1/26(木)21:00『ブロンコ・ビリー』

イーストウッドお気に入りの一作

「ブロンコ・ビリー」は、クリント・イーストウッドお気に入りの自作の一本だ。「もし私が映画作家として伝えたいことがあるとしたら、それは「ブロンコ・ビリー」の中にあるんだ」とイーストウッドは、あるインタビューで語っている。

イーストウッドはまた「ブロンコ・ビリー」について、フランク・キャプラを思わせる作品だ、とも語っている。性格も育った境遇も正反対の男女が出会い、喧嘩をしながら旅を続けるうちに愛し合うようになるという形式のコメディは「スクリューボール・コメディ」と呼ばれ、キャプラの「或る夜の出来事」(34)が、その元祖にして最高傑作とされる。「ブロンコ・ビリー」は映画作家としてのイーストウッドが、古き良きアメリカの精神を讃えるキャプラの作風を、八十年代に甦らせた“スクリューボール・ウエスタン”なのである。

アイダホ、オレゴン、ニューヨーク。三つの州でロケを行って作られた「ブロンコ・ビリー」について、イーストウッドは「自分のキャリアの中で、もっとも楽しい撮影だった」と語っている。

“ブロンコ・ビリー”とはアメリカ映画史上初の西部劇スター、ギルバート・M・アンダーソンのニックネーム。実在のブロンコ・ビリーは、イーストウッド同様に映画スターとしてだけでなく、プロデューサー、監督としても知られていた。「西部一の早撃ち」として“ブロンコ・ビリー”を名乗る、この作品の主人公の正体は??

「ダーティファイター」、「ダーティファイター/燃えよ鉄拳」同様、この作品のサントラにも大物カントリー・シンガーたちが集結した。盲目のカントリー・シンガー、ロニー・ミルサップの唄う、しみじみとした二曲がオープニングとラストを飾っている。

ブロンコ・ビリー

1980年 アメリカ

監督:クリント・イーストウッド

出演:クリント・イーストウッド/
ソンドラ・ロック

2月の放送作品

2/2(木)21:00『マディソン郡の橋』

俳優としての見せ場より作品を優先した

ロバート・ジェームズ・ウォーラーによる原作は、全米のみならず、全世界で、そして日本でも社会現象となるほどの大ベストセラーとなった。だが、今となっては、この本はすっかり忘れ去られ、手にする人は希である。一方、映画版「マディソン郡の橋」は背部・ストーリーの古典として、今後も語り継がれていくはずだ。

カトリーヌ・ドヌーヴ、スーザン・サランドン、ジェシカ・ラングら、錚々たる演技派女優たちが出演を希望し、製作会社はより若い世代の女優を希望したにもかかわらず、イーストウッドはメリル・ストリープこそがヒロインにふさわしいと考えた。原作の最初の数ページを読んでゴミ箱に捨ててしまっていたストリープは、最初出演を辞退。あきらめきれなかったイーストウッドは自らストリープに電話をかけて、脚本だけでも読んでみてほしいと依頼した。原作に欠けていたものを脚本の中に見出したストリープは出演を快諾することとなった。

撮影が始まると、ストリープはイーストウッドが自分が考えていたよりもずっと優れた俳優であることを知った。

二人が口論をする場面で、イーストウッド演じるロバートは泣いてしまう。だが、この場面でイーストウッドはカメラに背を向けているので、観客に彼の泣き顔は見えない。ストリープは不思議に思い、どうして俳優としての見せ場となるはずの場面を、そんな風に撮影したのかとイーストウッドに尋ねた。

「ロバートの泣き顔を直接観客に見せず、想像させる方が、この場面は力強くなると思ったからだよ」とイーストウッドは答えた。俳優として自分が輝くことよりも、作品そのものを優先するイーストウッドの姿勢にストリープは驚嘆し、感服したという。

雨の中のクライマックスは、イーストウッドの演出技術の頂点とも言える、感動的な見せ場となっている。

マディソン郡の橋

1995年 アメリカ

監督:クリント・イーストウッド

出演:クリント・イーストウッド/
メリル・ストリープ

2/9(木)21:00『マンハッタン無宿』

イーストウッドとシーゲルの名コンビ誕生

「マンハッタン無宿」は、当初の予定ではテレビ用作品として製作されるはずだった。しかし、イーストウッドと三本の映画出演契約を結んでいたユニバーサルは、イーストウッドを主演にすれば「マンハッタン無宿」は魅力的な映画になるはずだと考え、映画化が決定した。テレビ版の監督を務めるはずだったアレックス・シーゲルが早い段階で降板したため、監督探しが緊急の課題となった。そして浮上したのが、職人監督ドン・シーゲルだった。SF映画の傑作「ボディ・スナッチャー/恐怖の街」など、一部の作品は高く評価されていたものの、シーゲルは基本的には低予算の作品を素早く仕上げる監督として評価されていた。だが、プロに徹するシーゲルの撮影スタイルは、テレビの世界で鍛えられたイーストウッドの好みと合致し、二人はすぐに親友となった。「アイデアが上手くいけば、俺の手柄だ。上手くいかなければアイデアが悪いのさ」と、いつも口にしながら、てきぱきと撮影を進めていくシーゲルのスタイルは、イーストウッドの演出スタイルの手本ともなるもので、シーゲルはイーストウッドの監督としての師匠となる。

西部からニューヨークにやってきたカウボーイ・スタイルの警官が、慣れない大都会で大暴れするという設定は、やはりユニバーサルが製作したヒットテレビシリーズ「警部マクロード」に、そのまま利用された。名優リー・J・コッブとイーストウッドの辛辣で、どこかユーモラスなやりとりは、クライマックスのバイク・チェイスと共に「マンハッタン無宿」の大きな見せ場だが、「警部マクロード」では、デニス・ウィーヴァー演じるマクロードと、J.D.キャノン演じる上司との、喧嘩友達式のやりとりに受け継がれている。

「マンハッタン無宿」は、イーストウッドとシーゲルの名コンビ誕生作品であり、傑作「ダーティハリー」の原型とも言える作品である。

マンハッタン無宿

1968年 アメリカ

監督:ドン・シーゲル

出演:クリント・イーストウッド/
リー・J・コッブ

2/16(木)21:00『ファイヤーフォックス』

特殊効果を本格的に取り入れた航空アクション

「ペンチャー・ワゴン」や「荒鷲の要塞」など莫大な製作費のかかった作品に出演したことのあるイーストウッドだったが、自らが設立したマルパソ・プロダクションで製作する作品はどれも低予算、ないし中規模の予算で作られたものばかりだった。「スター・ウォーズ」を担当したジョン・ダイクストラが特殊効果を手がけた「ファイヤーフォックス」は、それまでのイーストウッド製作作品の中でもっとも製作費のかかったものとなったが、それに見合うだけの興行的成功を収めた。

原作小説を書いたクレイグ・トーマスは、1976年にソビエト空軍のパイロットがミグ25を北海道に着陸させ亡命を求めた、いわゆる「ベレンコ中尉亡命事件」をヒントに『ファイヤーフォックス』を書き上げた。イーストウッドは映画の撮影現場に原作者夫妻を招待し、完成した作品でのイーストウッドの演技に喜んだトーマスは、続編『ファイヤーフォックス・ダウン』で「ファイヤーフォックスのパイロット、クリント・イーストウッドに」と献辞を捧げている。

ロシア語が堪能なパイロットを演じるために、クリント・イーストウッドは、国防省が提供した言語習得プログラムを使ってロシア語を特訓した。

ファイヤーフォックスに給油するため潜水艦が浮上する場面には、68年のアクション映画「北極の基地/潜航大作戦」のフッテージが再利用されている。

この時期のイーストウッド作品としては珍しく特殊効果が多用された作品だが、この時の経験が、「スペース カウボーイ」のクライマックス、「ヒア アフター」の大津波場面などに役立っているはずである。また、今年公開されるイーストウッド最新監督作「ハドソン川の奇跡」にも、大規模な飛行機墜落場面があるはず。映画作家イーストウッドが、特殊撮影を本格的に取り入れた最初の作品としても注目したい。

ファイヤーフォックス

1982年 アメリカ

監督:クリント・イーストウッド

出演:クリント・イーストウッド/
デヴィッド・ハフマン

2/23(木)21:00『ルーキー』

スタッフへの信頼が生んだ快作アクション

スコット・スピーゲルがショーン・コネリーを念頭に書き上げた「ルーキー」は、88年にジーン・ハックマンとマシュー・モディーンの主演で映画化されるはずだったが、俳優組合のストライキとぶつかってしまったため、その時は製作が中止となり、結果としてイーストウッドの主演監督作として再企画された。イーストウッドはアート系の作品である「ホワイトハンター ブラックハート」の製作をワーナーが引き受けることを条件に引き受けた。

「プラトーン」で一躍スターの仲間入りを果たしたチャーリー・シーンは、突然の富と名声に押しつぶされ、薬物に溺れていたが、イーストウッドは映画の中の役と同じようにシーンに厳しく接し、立ち直ったシーンは無事に撮影を終えることができた。

イーストウッド作品の中でもっとも派手なアクションが多い作品である「ルーキー」に登場するスタントマンの数は八十人で、これは出演している俳優の二倍の数である。

爆発するビルからジャンプする車、たくさんの車を乗せたまま転倒する運搬車など、大がかりで危険な撮影が続いたが、どの場面もスムーズに進み、一回目のテイクでOKが出た。

特殊効果担当のジョン・フレージャーは製作・監督のイーストウッドと製作のデヴィッド・ヴァルデスを次のような言葉で讃えている。

「二人は、われわれを完全に信頼してくれた。一度も急かされたりはしなかった。それが重要なんだ。だからこそ、われわれはどの場面もワン・テイクで撮影できたんだ。彼らはスタッフを心から信頼してくれる。それが大きな違いを生むんだ」

「ルーキー」の見所はアクション場面だけではない。人質となったイーストウッドが、自動車窃盗団のボス、ラウル・ジュリアの情婦、ソニア・ヴラガから受ける「ある種の拷問」は、今でも語り草となっている珍場面である。

ルーキー

1990年 アメリカ

監督:クリント・イーストウッド

出演:クリント・イーストウッド/
チャーリー・シーン